【お店のPR宣伝やHP制作の営業】未経験からの広告営業。3か月で辞めるつもりが10年も。ブラック企業も今ではホワイト

【お店のPR宣伝やHP制作の営業】未経験からの広告営業。3か月で辞めるつもりが10年も。ブラック企業も今ではホワイト

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
26歳

【当時の職業】
広告業・お店のPR宣伝やHPの制作の営業

【当時の住まい】
実家の一軒家で両親と同居

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
前職が土日・お正月も仕事だったので、土日休みの仕事が良かったのと、単純に広告って響きがカッコいいと思い。

【環境と仕事内容】
お店の宣伝広告。
基本飛び込み営業で、新人時代は1日50枚の名刺を持ち帰るルール。
支局の人数は30人位で営業マンは20人位。
その当時は1年目の平社員、お客さんは町で営業している全てのお店が対象。
土・日・祝が休みだったが、決裁者がその日しか出勤しないと言われればその日に営業にでてました。
給与は25〜30万位。
寮なし。

【大変だった時期】
転職1年目、研修が3日間であとは現場で覚える。
何とかなるだろうと、飛び込ひたすらみ営業で1日50枚の名刺をもらってこないといけないルール。




【大変だったこと】
今でこそしっかり研修もあるが、その当時は完全なブラック企業で、
仕事が取れないので、本来であればやることが無いが、
先輩方が仕事をしているので、遅くまで無駄な時間を過ごしていました。
遅くまで会社にいる事が正義みたいな風潮があり今と完全真逆な雰囲気でした。
営業経験が無くても先輩の同行も無くひたすら気合で名刺を配って回れとのスタイルだったので、
毎月のように退職者がいました。
辞めていく人が続出する事で、自分で営業していなくても、
お客さんの引継ぎが入ってきてどんどん仕事量だけは膨らんで行く状態でした。
そうなってくると新規でのお客さんの開拓をする時間が確保できずに、
新規客はどうなってるんだ?とカミナリが落ちてくる負のループでした。

【大変だった期間】
入社後5〜6年は続きましたが、世間が「働き方改革」など、で出した頃から正常になりました。




【当時の心境】
毎週末の朝礼で退職者の挨拶を聞いていて、自分もすぐ辞めようと思いました。
しかし最低でも3か月はやりきらないと根性なしだな思い過ごしていました。
ただ長い期間はここにいないと思って社長や上司にも年賀状も出しませんでしたが、その後10年は会社に残ってしまいました。
年賀状を出さなくても、結果を出せば昇進する会社なんだなあと感じました。

【職場が大変だった原因】
会社の体質もあるかと思います。
営業と言ってもチームで動いている場合は、自分自身が目標達成していても、チームでは未達だった場合はメンバーで残業も含め深夜まで働ていました。




【仕事で良かったこと】
お店のPR広告をしていたので、自分が作った広告をみて集客のお手伝いができて、オーナーさんにありがとうと言って貰えた時は、やってて良かったと思える瞬間でした。
予想をはるかに超える反響があった場合は完全にこちらを信頼してくれてました。




【特にひどかった最悪の出来事】
反響が良かった場合の真逆で、全く問いあわせの電話もならなかった場合に、お前ら本当に広告だしているのか?と怒られた事。
掲載費用を払わないお店のオーナーが今お金が無くてと言ったきり、その後連絡が付かず、奥さんを問い詰めたら、旦那は先週事故に合ってばかりで今入院しているから詳しい事は分からいと言っていたのに、その翌週町中で車を運転していて、赤信号の時に横に止まった車が元気なオーナー夫婦。
しかも高そうなベンツに乗っていて、その車でも売って掲載費用払えと思いました。
あまりに酷い人の場合は、政治家や権力者の名前の使って、お前をこの町で生活出来なくしてやるなど恐喝されました。
こっちも熱くなり少し言い合いになった時に変は念書に母音を押しそうになりました。




【相談した人・助けてくれた人】
自分達が目標数字の達していなかったので、その文句を上長がネチネチ言っているのが隣の会議室から漏れてきましたが、その時の先輩がきっぱり、今の現状ならこの数字で文句は言わせません。
と、かばっている声が聞こえた時。

【改善のための行動】
みんなのベクトルを合わせる事。
ガミガミ言ってくる上司がいる場合はある程度上司の文句も混ぜながら、雰囲気を良くする事を心掛けました。
結局やる気が出ないと結果もついてこないので、ポジティブな言葉をかけて皆でうるさい上司をギャフンと言わせようと一致団結しました。




【現在の状況と心境の変化】
ブラック企業の時からは10年は経過し、自分自身も退社をし、今ではまともな職場になったと思いますが、キツイ状況の中で一緒に頑張っていた同僚とは今でも連絡を取ります。
仕事のキツさとお客さんからのありがとうの声を天秤の掛けたら、やりがいの方が重かったので仕事が続いたと思います。
今同じ事が出来るかと言えば絶対に体力的に無理だと思います。

【学んだこと】
良いことは真似する。
支局間でも、他社でもこんな事をやったらいい結果に繋がったと言う事があれば、まずは真似する事。
成功している事例をまずは試すという事。



【当時の自分へのアドバイス】
結局は自分次第。
すぐ辞めようと思った自分、10年以上勤めて自分。
辞めるにしても続けるにしても、上司に言われても最後の判断は自分でしていると言う事。
今の現況にいるのも毎日の積みか重ねでしかないのだから、文句を言いながらも良く頑張っていたなぁと思います。
でも世の中のもっと興味をもって、知らない事を若いうちから始めた方が良いよと言ってあげたい。