【機械工具の営業】一寸先は闇!営業成績が良くて調子に乗ると、大切なものは何も見えない!

【機械工具の営業】一寸先は闇!営業成績が良くて調子に乗ると、大切なものは何も見えない!

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
32歳

【当時の職業】
機械工具商社の営業係長

【当時の住まい】
妻と2歳の息子と3人で、賃貸アパート暮らし。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今も同じ職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
大学卒業後にスーパーマーケットへ就職したものの、あまりにブラック過ぎて一年で退職。
父親が営業としてバリバリ稼ぐ姿を見ていたので、私もその背中を追い求めてリクルートエージェントで転職。
偶然立ち上げ3年目の営業所が人員を募集していた事から、応募して合格。
入社する事になった。

【環境と仕事内容】
機械工具商社にて、メーカーとお客様の間でお客様の求める商品を探し出して提案する事で売上げを頂く仕事です。
営業スタイルは、初対面のお客様とでも物怖じせずしっかりと自分の意見を伝えられるので、相手の懐に飛び込んで関係作りをする事で、短期間で売上げを伸ばしていく事が出来ます。
現在は勤続16年目で、所長の下で営業マネージャーを任されており、営業の部下7名、女性アシスタント3名の合計10名を率いております。
休日は土日祝で、年収750万円とまずまずであると思います。

【大変だった時期】
働きはじめて10年目、係長になって大手ユーザー様を担当できるようになり、部下や後輩が出来てきた頃。




【大変だったこと】
女性スタッフに甘くしすぎてしまった事で、言いたい放題言わせてしまう環境にしてしまった事。
最近では人員をしっかり補充してくれるようになりましたが、少し前まではひとりで大手を担当していたので、電話対応が追い付かず死にそうでした。
また、人付き合いがものを言う職業であり、モンスターユーザー担当者様と出会えるともう大変。
コロナ前は飲みに行くのが、大好きなお客様としょっちゅう飲みに出掛けていたので、お金はすっからかん。
お客様にご馳走して頂く事も沢山あり感謝していますが、身体が持たずに妻にはとても心配をかけました。
気軽に近付いて良い人とそうでない人がいるんだな、、、と染々体験した事から思うことが出来ました。

【大変だった期間】
大変な時期は2年もなく、コロナの影響で飲み会もなくなり、自然と静かな付き合いになっていきました。
コロナも悪いことばかりではないな、と思っています。




【当時の心境】
職場での労働環境は悪くはなかったです。
最初の5年間は理不尽かつ、機嫌屋上司がトップにいて今だったらパワハラという言葉の似合う言動のオンパレード。
それに耐えながら、日々自分自身で考える力を身に付けられたのは今考えてもものすごい精神力であったと思います。
将来への不安はなく、自分で切り開くんだ!と思って必死に働いていたので、当時はそれでも楽しかったんだと思います。

【職場が大変だった原因】
当時はパワハラのオンパレード。
理不尽に怒られるのも嫌だったので、自分で考えて行動してトラブル解決する力も得られたので、今となっては当時の状況に感謝しています。
また、自己顕示欲の強い上司だと俺が俺が!と出てきて非常に迷惑なので、そう言った人を上にたたせた会社の問題もあったかも知れませんが、世間知らずだった私もいけないと思っています。




【仕事で良かったこと】
立ち上げ3年目の営業所で、どんどん新規顧客を作らなくてはならなかったので、新人ながら必死に飛び込み営業をしていた記憶があります。
無我夢中で自分の上記を話し、提案した商品をご注文頂いたときの喜びは今でも忘れませんね。




【特にひどかった最悪の出来事】
超モンスターユーザーに納入した機械があったのですが、ケチをつけられて返品させろ!と言われた事がありました。
もちろん打ち合わせ議事録があったので、お互いの責任でしょうと歩み寄ろうとするも、お前が悪い!の一点張り。
拉致があかないので、上司と同行しても納得がいかない!役員を一人ずつ連れていってもお前らが悪い!と一歩も引かない。
譲歩案で200万円ほどのサービス品を提案して、一旦落ち着いたかと思えば、酔っ払った勢いで俺はやっぱり納得がいかない!と怒鳴り散らす始末。
結局前代未聞のタダで大型商品を入れ換える事態にまで発展。
当時の上司と私もこの事態に、進退を覚悟したほどでした。
しかしながら、トップである社長の決断は上司と私への勉強代と仰ってくれて、何とおとがめなしだったのです。
これで社長に一生を懸けて恩返ししたいと思うようになりました。




【相談した人・助けてくれた人】
当時後輩であり、今私の上司である所長とはよく言い争いました。
基本的には私が無茶苦茶なので、後輩に叱られると言う情けないものでしたが、一生懸命こうあって欲しい!などの議論をぶつけてくれました。
今ではそれが貴重な財産です。

【改善のための行動】
14で書いた恩返しのために、必死でお客様のためを考えて行動した結果、損害額を取り戻す物件を受注出来ました。
単純な事ですが、へこまず諦めずに結果を追い求めたことで結果を出せました。
ダメだ!と思っても自分がやる!と決めたことは貫くべきだとも痛感させられました。




【現在の状況と心境の変化】
上に書いた大事件からもう5年が経とうとしています。
この大きな山を越えられたお陰で、大抵の事態には驚かなくなりました。
焦る気持ちもなく、冷静に次はこうしよう!と部下や後輩へアドバイスが出来ています。
人間としても成長出来て、常に自分の仕事よりも部下や後輩が困っていないかを見渡して、こまめな声掛けを自然に出来るようになってきました。

【学んだこと】
仕事は自分一人で出来るものではなく、自分だから出来ている仕事と言うものでもないです。
自分のスキルを精一杯部下へ伝えて、分身を作り、戦力アップを計ることが自分の責務であることを学んだと思っています!



【当時の自分へのアドバイス】
まずは、自分がこの営業所で一番だ!自分にしか出来ない仕事で、数字を稼ぐやつが偉くて、稼がない営業はカスとまで思っていた当時の自分に言いたいことがあります。
それは、会社は自分にしか出来ない仕事は存在しない。
明日居なくなっても一時は大変かも知れないけれど、何とかなってしまうものなんだよ!天狗になるな!た伝えてあげたいですね。